谷村新司の”ライフストーリー”を彩る名曲の数々に酔う、恒例「国立劇場」コンサート
2017/05/01谷村新司 リサイタル 2017 THE SINGER 2017.4.8 国立劇場
桜の花が咲き乱れる東京・国立劇場での谷村新司のリサイタル『THE SINGER』も、今年で5年目。ポップスシンガーで唯一、国立劇場の舞台に立つ事を許されているのが谷村で、それだけでもこのコンサートは価値があるもので特別な時間だ。特別なというのは、役者の汗と魂が沁み込んだ伝統芸能の聖地たる舞台に立つという事はもちろんだが、この劇場は音響がすこぶるよく、それはこれまであらゆる会場でコンサートを行ってきた谷村も認めていて、そんな会場を独り占めできる谷村と、お客さんは特別だという事だ。
谷村新司
4月7日から9日まで行われた『THE SINGER』の8日の公演を観た。谷村は4月5日にアーティスト活動45周年記念アルバム『STANDARD~呼吸(いき)~』をリリース。この作品は45年のキャリアの中で、谷村が出会った「全ての生きるものに呼吸(いき)をするように寄り添っている」歌が45曲収録されている。ソロ曲、アリス曲、そして谷村が選ぶジャパニーズ・スタンダード曲で構成されていて、どんなセットリストが組まれているのかが、気になるところだ。
谷村新司
コンサートの始まりを告げる「昴」をモチーフにしたオーバーチュアが流れはじめ、お客さんの目はメインステージと花道に注がれる。どこから登場してくるのか。オープニングナンバーはいきなり名曲「いい日旅立ち」だ。イントロと共に花道から登場し、国立劇場らしい演出に大きな拍手が起こる。山口百恵に提供したバージョンではなく、アルバム『抱擁』(1984年)でセルフカバーしたバージョンに近い「いい日旅立ち」を披露。
「45年間のライフストーリーにお付き合いください」と、続いて聴こえてきたのは優しいピアノのイントロが印象的な「陽はまた昇る」。サビに至るまでの、優しく凛としたテンションが、よりサビを感動的にしてくれる。コンサートを締めくくるイメージが強い「サライ」は早くも3曲目に披露。アイドルのコンサートさながらに客席はペンライトが揺れ、全員で大合唱になる。「サライ」も発表から25年目と聞くと、改めて歌い継がれてきた名曲なんだと感じ入る。それにしても始まって3曲で、早くもクライマックスを迎えたような盛り上がりで、この後の展開が、どうなっていくのかが楽しみになる。
谷村新司
谷村というと自身でも言っているが、なんといってもラジオ。アルバム『STANDARD~呼吸(いき)~』(初回盤)にも、1970年代に一世を風靡した文化放送の伝説的ラジオ番組『セイ!ヤング』を、文化放送のスタジオでばんばひろふみと共に再現した映像を収録したDVDが付いている。ラジオでリスナーの心をしっかり掴み、谷村のキャリアはスタートした。そのリスナーと共に作り上げたという逸話を紹介し「22歳」を歌い始める。歌はまるでタイムマシンのようだ。客席のファンは思い出に浸りながら、この歌に引き込まれていくのがわかる。谷村はシンガー・ソングライターだが、中には作家からの提供を受け、まさに“SINGER”として対峙している曲がいくつかある。この日は作詞秋元康、作曲三木たかしの「最後のI LOVE YOU」と、自身が曲を書き詞を多夢星人(阿久悠)が手がけた「三都物語」を続けて歌ってくれた。谷村の甘い歌声が会場を包み込む。
谷村のライフストーリーの中で、ひと際輝く功績というか、その後のアーティストが海外、特にアジアで活動するための道を切り拓いたその勇気と信念は、今も語り継がれている。そんなエピソードを紹介しながら情熱的なナンバー「階」と、最近はなかなか生で聴ける機会がなかった「風姿花伝」、そして今もアジア各国で人気の「花」を歌うと、静かな感動が広がっていった。
谷村新司
15分のインターバルの後は、アコギを肩にかけて登場。聴きなれたイントロは谷村の曲ではなく来生たかおの名曲「夢の途中」だ。アルバム『STANDARD~呼吸(いき)~』からどの曲が選ばれるのか、誰もが楽しみにしている。「夢の途中」は来生のそれとはまた違う味わいで、谷村も言っていたが改めて曲の良さが際立ち、谷村の歌は懐かしさの中にも、新鮮さを感じさせてくれた。
続いてぶ厚いロックサウンドに乗せ、吉田拓郎の「落陽」を披露。吉田拓郎のあの独特のしゃがれ声で聴きなれた名曲が、谷村新司という全く違うタイプのシンガーのフィルターを通すと曲に奥行きが生まれ、また違った表情を見せてくれる。
「昔、アリスと井上陽水でツアーを回った」と思い出を紹介してくれ披露したのは、井上陽水の名曲「少年時代」だ。歌詞の中の風景が浮かんでくるようだ。昔一緒にツアーを回った二組が、どれだけ日本の音楽史に残る名曲を残したかを考えると、今となっては叶わないが、その贅沢なツアーを是非観てみたかった。
谷村新司
「忘れていいの」「Far away」「サテンの薔薇」を情感豊かに、せつせつと歌い、谷村の独特の、跳ねるように歌う高音部分が印象的で、引き込まれる。ここでゲストの三浦祐太朗が呼び込まれる。谷村は三浦家とは家族ぐるみの付き合いで、祐太朗が小さい頃は抱っこをしていたというエピソードを紹介。三浦は2008年にロックバンド・Peaky SALTのボーカルとしてメジャーデビューしているが、現在はソロシンガーとして、また俳優としても舞台を中心に活躍している。谷村と三浦、この二人が歌う曲、お客さんが歌って欲しい曲といえばこれしかないだろう、山口百恵バージョンの「いい日旅立ち」(1978年)。三浦の品のある優しい歌声に客席が聴き入る。素晴らしいハモりで、三浦が「♪母の背中で聞いた歌を 道連れに」と歌うシーンは、どこか感慨深くグッときた。そして谷村が「祐太朗の声の端々に、お母(百恵)さんの声が聴こえる」と語り、まるで三浦親子と谷村が歌っているような錯覚に陥り、感動が広がっていった。
三浦祐太朗 / 谷村新司
ここまでアリスの曲を一曲も歌っていない。期待して来たお客さんも多いとは思うが、この日は自身の曲とカバー曲のみで構成するという潔さで、しかし聴き応えのある極上の歌と演出で、全員がその世界に引き込まれていた。アリスについては、最近メンバーと食事をした時に「三人ともウズウズすると言っていた」と、今後の活動に期待を持たせる発言で、アリスの曲はその時のお楽しみと、客席を納得させていた。
「浪漫鉄道<蹉跌篇>」続いて、胸を締め付けるようなピアノの調べが流れてきた。「群青」だ。あまりにもドラマティックなこの曲に客席は息をのみながら観入り、聴き入っていた。続く「流星」も名曲としてファンの間では人気が高く、この3曲の大きな感動の波には客席はただただ身を委ねるしかないほど、大きなものを心に残してくれた。本編最後は谷村が「新しい扉を開いてくれた曲」と紹介したおなじみの「昴」で大団円。
谷村新司
アンコールの「サクラサク」では客席が総立ちとなり、見事な花吹雪が舞う。その余韻の中で「みんなで一緒に歩いて行くという想いを込めた」という、ゴージャスなミディアムナンバー「スタンダード」を最後に歌った。シンガーという部分にスポットを当てれば、そのソングライターとしての才能がより際立ち、ソングライティングの素晴らしさを感じていると、改めてシンガーとしての素晴らしさが伝わってくる、そんな時間だった。その築きあげた世界に、余裕の強さを感じるとともに、ふんだんに新鮮さを入れ込み、これからも歌い続けていくという強い決意を感じさせてくれた。
取材・文=田中久勝
5月20日(土)茨城・茨城県立県民文化センター 16:00 / 16:30
5月21日(日)栃木・那須塩原市黒磯文化会館 16:00 / 16:30
5月27日(土)群馬・前橋市民文化会館 16:00 / 16:30
5月28日(日)埼玉・熊谷文化創造館 さくらめいと 16:00 / 16:30
6月1日(木)上海 【中日国交正常化45周年記念】上海大劇院 ※ 詳細未定
6月25日(日)長野・長野市芸術館 メインホール 16:00 / 16:30
7月7日(金)大阪・フェスティバルホール 17:30 / 18:30
7月8日(土)大阪・フェスティバルホール 14:00 / 15:00
7月13日(木)愛知・日本特殊陶業市民会館 フォレストホール 18:00 / 18:30
7月16日(日)静岡・沼津市民文化センター 16:00 / 16:30
7月17日(月・祝)静岡・磐田市民文化会館 16:00 / 16:30
7月22日(土)山梨・コラニー文化ホール 16:00 / 16:30
8月5日(土)広島・三原市芸術文化センター ポポロ 16:00 / 16:30
8月6日(日)岡山・岡山市民会館 16:00 / 16:30
9月3日(日)神奈川・厚木市文化会館 16:00 / 16:30
9月8日(金)新潟・りゅーとぴあ・劇場 18:00 / 18:30
9月16日(土)秋田・秋田市文化会館 16:00 / 16:30
9月18日(月・祝)宮城・仙台市民会館 15:30 / 16:00
9月21日(木)香川・ハイスタッフホール(観音寺市民会館) 18:00 / 18:30
9月23日(土)愛媛・松山市民総合コミュニティーセンター 16:00 / 16:30
9月24日(日)高知・高知市文化プラザ かるぽーと 15:30 / 16:00
10月7日(土)福岡・福岡国際会議場 16:00 / 16:30
10月8日(日)鹿児島・宝山ホール(鹿児島県文化センター) 16:00 / 16:30
10月21日(土)東京・Bunkamura オーチャードホール 16:00 / 16:30