第74回
加藤登紀子のコンサートは〈ミュージック・ゼミナール〉である!
2018/04/26
加藤はいろいろな切り口でコンサートをしているが、今回のコンサートはもっとも彼女らしいというか、彼女にしかできない切り口のコンサートと言っても過言ではない。
「『花はどこへ行った』はフォークソングの有名な反戦歌だが実は?」
彼女の歌はどの曲も深い、というか根を張っている。だから、歌がしっかりしている。いや、歌が文化にまで昇華されているのだ。
どの歌にも、その歌が生まれた背景がある。言ってみれば、時代と密接にかかわっているからこそ、時代が歌を作り、歌が時代を作るのだ。だとしたなら、歌い手はどのようにして歌うべきなのか? その答えは明白である。歌が生まれた背景を知ってから歌うべきであり、それでもわからなければ、それを自分で調べてから歌うべきなのだ。
とはいえ、そんな面倒臭い思いをしてまで歌うだろうか? ほとんどの歌い手はしないと思う。しかしながら、加藤登紀子は違っている。そんな面倒臭いことを、時間をかけて丁寧に掘り起こして、背景を知ってから歌う努力を地道にしているのだ。
今回のコンサートのタイトルは〈花はどこへ行った〉。言わずと知れた世界的に有名なフォークソングの反戦歌である。アメリカン・フォークの父とも言われているピート・シーガーの作詞作曲であり、キングストン・トリオ、ピーター・ポール&マリー、ブラザース・フォア、マレーネ・デートリヒなどたくさんの人たちにカバーされている大ヒット曲でもある。
言ってみれば「花はどこへ行った」はフォークソングの有名な反戦歌だ。これは常識だ。しかし、加藤は一歩踏み込んで、こう言うのだ。
〈「花はどこへ行った」はアメリカの反戦歌。68年から半世紀の今年、何を私たちに突きつけるのでしょうか? ロシアの文豪ショーロホフの「静かなドン」の中の子守唄をヒントにピート・シーガーが作ったこの歌、2018年の私の歌にしたいと思っています〉(コンサート・パンフレットより)
アメリカのフォークソングの反戦歌だとばかり思っていた「花はどこへ行った」が、実はロシアの子守唄からヒントを得て作られたのだ、という事実を聞くと、この歌がまた違った意味で聴こえてくる。ここが加藤の歌の深さというか、しっかりと根が張っているというか、骨太なのだ。
すごいのは、これが「花はどこへ行った」だけではない、ということだ。
〈1920年代を舞台にした映画「紅の豚」の「さくらんぼの実る頃」は1871年のパリ・コミューンの歌。1968年に大ヒットした「悲しき天使」は1971年ロシア革命後のロシアの歌でした〉(コンサート・パンフレットより)
他にも「愛の讃歌」「百万本のバラ」「ANAK(息子)」「リリー・マルレーン」「知床旅情」「ひとり寝の子守唄」など、どの歌にもドラマティックな背景がある。このあたりのことは彼女の新刊本「運命の歌のジグソーパズル」(朝日新聞出版)をぜひ読んでほしいものだ。
「加藤の本とベスト・アルバムを読んで聴いてコンサートを再現しよう!」
さて、コンサートに話は戻るが、そんな背景を話しながら歌われると、〈コンサート〉というよりは〈加藤登紀子ミュージック・ゼミナール〉ともいうべき新しいタイプのエンタテインメントになるから不思議である。「花はどこへ行った」というフォークソングを切り口に、〈反戦歌〉をテーマにして、いろいろなところへ飛び火をしていって、全体的にうまくまとまっていく不思議なコンサート。これぞ加藤ならではの〈ミュージック・ゼミナール・コンサート〉と言ってもいいのではないだろうか? 素晴らしい〈すごい〉コンサートである。
単行本「運命の歌のジグソーパズル」を読みながら、この本で綴られた歌を収録したベスト・アルバム「ゴールデン☆ベスト TOKIKO'S HISTORY」(2枚組、ソニー・ミュージックダイレクト)を聴くと、コンサートの再現ができそうだ。加藤登紀子の歌の〈文化〉にぜひとも触れてほしい。
(文/富澤一誠)
2018/06/28
2018/06/14
2018/05/24
2018/05/10
2018/04/26