第4回
広瀬倫子、植村花菜、岸田敏志のライブに“志”を感じた!
2015/05/28
今回もたくさんのライブを見たが、印象に残ったものが3本ある。
①〈広瀬倫子 広瀬倫子が送る♪歌謡の夜会Vol.1〉(5月14日、赤坂November Eleventh 1111)
広瀬倫子は“大人のラブソング”を歌う〈熟恋歌の女王〉として今、大人から熱い支持を得ている。デビュー曲「償いの日々―愛していると言われたことがない―」(2013年1月30日発売)は“不倫ソング”として話題を呼び〈不倫ソングの女王〉と言われたが、2枚目のシングル「アフロディーテの夜」(2015年1月28日発売)では“官能ソング”にチャレンジし、今度は〈官能歌手〉と呼ばれている。〈官能歌手〉というレッテルを貼られるとふつうは“企画物”と思われてしまうが、彼女の場合はそうはならないところが特筆される。なぜかというと、ボーカル力が群を抜いた実力派歌手なので、完璧に自分の世界を確立しているからだ。その証拠にライブで彼女のボーカルは生きていた。彼女のバックアップ・バンドは“THE RINCOSTA”。メンバーがすごい。ひび則彦(Sound produce & S.Sax)、中村力哉(Pf)、カイドーユタカ(B)、赤迫翔太(Ds)などジャズ・ミュージシャンとしても気鋭の実力派揃いで、一流のサウンドと彼女のボーカルがコラボレーションした結果、演歌・歌謡曲でもない、Jポップでもない、良質な大人の音楽〈Age Free Music〉が確立されているようだ。
それにしても、広瀬倫子のボーカルは深い。歌謡曲のみならず、アニメ・ソング、ジャズ・テイストのポップス、何でもござれの幅の広さと奥行きのあるボーカルでびっくりさせられる。それもそのはずで、彼女はジャズ・シーンでも活躍しているのだ。“samA & EAU DE MOND”(サマ&オー・デ・モンド)でアニメ・ソングをジャズ・テイストのアレンジで歌い、〈ジャズ・アニメーションズ〉なる新しいジャンルを切り開いたのである。ちなみに、こちらでのアーティスト名はsamA。というわけで、広瀬倫子は歌謡曲歌手だが、そのベースにあるのはジャズということで、ひと味違ったすごいシンガーなのである。オリジナル曲もいいが、カバー曲にも独自の味わいがあってじっくりと聴くことができる。〈歌謡の夜会Vol.1〉を見て、Vol.2を期待させる素晴らしいライブだった。
②〈植村花菜10周年記念ライブ 10th Anniversary Live〉(5月15日、渋谷duo MUSIC EXCHANGE)
“10周年”と聞いて、もうそんなに経ってしまったのか、と感慨深かった。というのも、彼女をデビュー直前から知っているからだ。インディーズ・シングル「花菜」(2004年6月30日発売)を初めて聴いたとき、インパクトと個性を感じたので、翌05年5月11日に「大切な人」でメジャー・デビューしたときは期待したものである。しかしながら、なぜかブレイクはできなかった。そして、それから5年半後の2010年11月23日に発売された「トイレの神様」でようやくブレイク。これでダメだったら所属レコード会社との契約が切れるという土壇場での逆転ホームランだった。
当日はそんな波乱万丈な人生を、リリースしたシングル、アルバムを紹介しながら、語りとライブで進行していったが、結果的に、語りとライブという手法が植村花菜というアーティストの生きざまと人間性とを見事に表現していて、より深く歌の意味を知るためには効果的だったようである。
ブレイクした後、結婚、出産、休養、そして復活と、そんな女性ならではの生き方がドキュメンタリー・タッチでライブ化されたことで、植村花菜というアーティストがより身近に伝わってきて、どんなミュージック・ビデオを見るよりも彼女のことが深く理解できたような気がした。打ち上げのときに、産まれたばかりの赤ちゃんを抱いて出てきた彼女と久しぶりに会って話して、たくましさを感じた私は、これから彼女がどんな歌を聴かせてくれるのか大いに楽しみである、と思った。
③〈岸田敏志 コンサートツアー2015~魂のうた~〉(5月21日、渋谷Mt.RAINIER HALL SHIBUYA PLEASURE PLEASURE)
ミュージカル〈マザーテレサ~愛のうた~〉が好評で早くも再演を望む声が出ているが、岸田敏志はもともとは“シンガー・ソングライター”である。彼がアーティストとしてブレイクしたのが1979年3月21日にリリースされた「きみの朝」。これが大ヒットして彼はスターダムにのし上がったわけだが、このとき彼はTBSテレビ・ドラマ〈愛と喝采と〉に主演しており、そのドラマの挿入歌「きみの朝」を歌っていたというわけだ。当然のことながら役者としても脚光を浴び、そしていつしかミュージカル俳優としても脚光を浴びることになる。しかし、それでも彼は“歌”を忘れることはできなかったのである。いや、正確に言うなら、自分で曲を作って歌う〈シンガー・ソングライター〉としてのルーツを大切にしていたというわけだ。
当日のコンサートは、岸田が「歌いたい曲を選曲して歌う」というのがコンセプトだった。だから、お客さんが聴きたいと思い、知っている曲が満杯という内容ではないので、正直言って、つまらないかな、と思ったものである。しかし、そんなことはなかった。先生をめざして大学に入ったのに、なぜ歌手になったのか?とか、自分の人生を振り返りながら歌っていくステージ進行はドキュメンタリー・タッチで新鮮で良かった。
知っている曲はあまりなかったが、話がストーリー仕立てになっているので、知らない曲でも違和感がないどころか、話の補足になり逆に歌に説得力が出てくるのだ。
コンサートのラストでの“宣言”も良かった。「私は歌謡曲歌手になります」と言って7月8日に発売予定のニュー・シングル「ボルドー・ルージュ」を歌ったのだが、40周年を迎えるにあたり、「今しかできないこと」ということで〈歌謡曲〉にチャレンジすることには私も賛成である。
〈演歌・歌謡曲〉でもない。〈Jポップ〉でもない。良質な“大人の音楽”〈Age Free Music〉を提唱している私としては、〈歌謡曲歌手〉にチャレンジする岸田敏志を大いに応援したいと思う。そんな岸田の強い“志”を感じたライブだった。いずれにしても、アーティストの強い“志”があって、初めてライブは生きて、私たちのもとにストレートに伝わってくるのである。
(文/富澤一誠)
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