第16回
多田周子、杉田二郎、中島みゆき、八代亜紀のコンサートを見て「行って良かった」と思う!
2015/11/26
「行って良かった」と思わせるライブがあるからこそ、私はライブ好きなのかもしれない。その意味では、ライブ好きにとってまさにうれしい期間だった。
11月11日(水)、東京都渋谷区の“けやきホール”(古賀政男音楽博物館内)で〈多田周子コンサート〉が行なわれた。
多田周子はもともとは“声楽歌手”である。しかし、そこから出発して今では“良質な大人の音楽”を歌える、いわゆる〈エイジフリー・ミュージック・アーティスト〉と言っていい。もちろん、それは一朝一夕にしてなったわけではない。
第1の試練は、声楽歌手をめざし、音大卒業後、オーストリアのモーツァルテウム音楽院で博士号取得をめざしていた時。
「何度歌っても教授は『NO!』。どうしていいかわからなくなった時に助教授が『周子の故郷の歌を歌ってみたら』と助け舟。それで“赤とんぼ”を歌ったら“ジャパニーズ・ミラクル”とほめられたんです」
ドイツ語ではなく日本語で歌った時に初めて日本人としての感性が花開いたのだろう。以来、彼女は日本人であることを再認識して、帰国後はクラシックではなく、童謡、唱歌など“日本の歌”にこだわって歌うようになった。
第2の試練はギターの神様・石川鷹彦との運命的な出会い。彼のギター伴奏で歌っていると、それまで眠っていた新しい魅力ともいうべき大人の女性の“色気”が引き出されたのだ。こうして生まれたのが“大人の音楽”というわけだ。
そして第3の試練は、秋元順子の「愛のままで…」の作者・花岡優平と出会ったことだ。彼との出会いにより、さらに鮮明に、大人が聴ける彼女ならではの“大人の音楽”が生まれたのである。それが彼女にとってメジャー・デビュー・シングルとなる「風の中のクロニクル」(門谷憲二作詞・花岡優平作曲)だ。クラシックのスケールの大きさとJポップのオシャレさと歌謡曲のポピュラリティーをあわせ持つ不思議な作品である。この歌を聴いていると、彼女のキャリアがあってこそのオリジナリティーだと思う。
今回はメジャー・デビューを記念してのレコ発ライブだが、秋元順子の跡を継ぐことができそうな〈大人の歌手〉の誕生に、期待感が高まること請け合いである。
11月14日(土)、新宿明治安田生命ホールで〈杉田二郎コンサート From My Heart in Tokyo~僕は今、歌いたい~〉を見た。
東京では2年ぶりのソロ・コンサートということだったが、素晴らしい内容だった。私は杉田のコンサートはほとんど見ているが、これほど歌にリアリティーを感じたことがない。だからこそ、コンサートが終わってからの打ち上げ会場で、杉田に会うなり「素晴らしい歌ですごくいいコンサートだった。何でこんなに良かったのか?とつい考えてしまいました」と、私は開口一番あえて言ったのである。
内容は1部と2部に分かれていたが、特に2部が素晴らしかった。休憩の後、1曲目と2曲目が新曲「人生の階段」「望春賦」だった。そして、3曲目がお馴染みの「ANAK」で、このあたりから歌がなぜか“骨太”になってきた。それがさらに「白い鳥にのって」「朝陽のまえに」「男どうし」と進むにつれてさらに芯が入ってきたのだ。歌に命が吹き込まれたというか、歌が生き物のようになって私たちリスナーに襲いかかってくるのだ。
どうだ、と言わんばかりに、メッセージがビシビシと突き刺さってくる。こんなことはそうあるものではない。いったいどうしてしまったのだろうか? その答えはアンコールのときに歌った「戦争を知らない子供たち」を聴いて初めてわかった。
「戦争を知らない子供たち」は今、〈通販生活〉のCM曲となってオンエアされている。杉田本人がCMに出演して「戦争を知らない子供たち」を歌っているが、歌い終えた後にこんなテロップが流れるのを見た人もいるだろう。〈この歌をこれからも歌える国でありますように〉。
安保関連法案が通った後の日本だからこそ、このメッセージがリアリティーを持ってせまってくるのだ。もちろん、そんななかで「戦争を知らない子供たち」を歌うということは大きなプレッシャーと言わなければならない。おそらく杉田はそんなプレッシャーを全て受け止めたうえで、この歌を歌っているのだろう。だからこそ、歌を歌う時の“覚悟”が違うのだ。歌を歌う覚悟を決めた杉田二郎だからこそ、歌のリアリティーが格段に高いのだ、と私は思う。こんな腰のすわった骨太な歌はない。「戦争を知らない子供たち」は終戦後70周年にふさわしい、歌による最強のメッセージである。
11月17日(火)、東京国際フォーラム ホールAで〈中島みゆき「一会(いちえ)」〉というコンサートを見た。
みゆきといえば〈夜会〉だが、〈夜会〉もいいが、たまには普通のコンサート・ツアーも見たいものだ。そんなふうに思っている人にとってはまさに待ちに待ったコンサートと言っていい。しかも今回はニュー・オリジナル・アルバム「組曲(Suite)」をリリースしたばかりである。
彼女のライブはすごい。特に饒舌なおしゃべりは独特な感性とキャラクターで他の追随を許さないものがあって、初めての人はド肝を抜かれるだろう。また歌の上手さは天下一品で、曲ごとに声の色や歌い方を変えての七変化で、こんなにすごいシンガーはいない、と思ってしまう。
それにしても、よくここまで七変化ができてしまうものだ。しかも、それが全て彼女にしかないオリジナリティーに満ちていて、なおかつリアリティーに満ちているのである。作詞・作曲から歌唱まで、さらには演出を考えてのパフォーマンスまで、中島みゆきはひょっとしたら最強のエンターティナーなのかもしれない。
「行って良かった」とは中島みゆきのコンサートのためにある言葉かもしれない。
中島みゆきのコンサートを見てから、青山のブルーノートTOKYOに行った。八代亜紀の〈“AIUTA”Special Night〉を見るために、である。
八代亜紀は2012年10月にジャズ・アルバム「夜のアルバム」をリリースしたが、今回はブルースをベースにしたニュー・アルバム「哀歌-aiuta-」を10月28日にリリースした。内容は「別れのブルース/淡谷のり子」「夢は夜ひらく/藤圭子」など日本のブルースのカバー、「セントルイス・ブルース」「ザ・スリル・イズ・ゴーン」などアメリカン・ブルースのスタンダード・ナンバーのカバー、そして新曲3曲を入れた意欲作と言っていい。
正直言って、このアルバム、聴きごたえが充分なのだ。“演歌の女王”がブルースを自分のものにしてしまって“八代ブルース”の世界を確立してしまっている。前作「夜のアルバム」でもびっくりさせられたが、“演歌の女王”の底力は並ではないのだ。
私はブルーノートのステージ前のかぶきつきで八代亜紀を見て、この人は並の歌手ではないと思った。一芸に秀でた“女王”はジャズでもブルースでも自分の世界を持っているのだ。逆に、だからこそ、誰もが認める“演歌の女王”なのだろう。
(文/富澤一誠)
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